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本打ち と 正義 [シナリオ作法]

酷暑が過ぎ去り、少しずつ秋の気配が感じられるようになりましたね。
みなさま如何お過ごしでしょうか。

私はといいますと、右手の指を怪我してしまいまして
このひと月ほど、難儀しておりました。
ちょうど、仕事がひと段落した後だったので良かったです。
なんだかいつも、ひと仕事おえると、風邪だの怪我だのしてる気がします。
たぶん、緊張感がゆるむんでしょうね。

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さて、前回は「本打ち」に関して少し言及しましたが
今回も、もうちょっとお話ししたいと思います。

脚本は、書き上げたらプロデューサーに渡して
それでおしまい…ではなくて
そこからが始まりです。

ドラマや映画の設計図な訳ですから
不備があったら大変です。
プロデューサーや監督の納得のいくものになるまで
話し合いをして書き直しがされます。
この話し合いを「本打ち」といいます。

あれこれ工夫して書き上げた脚本に対して遠慮会釈なしに
プロデューサーや監督が寄ってたかってダメ出しを言い募ります。
様々な要求や提案や疑問が投げかけられ
それに対する回答を求められます。
そして、その回答にすらダメ出しがあったりします。

本打ちに関して新人の方に伝えたいのは
心折れないように気をつけてください。ということです。
きっと、シナリオスクールでのダメ出しよりも数倍キツいと思いますが
それを乗り越えると
ひとりで書いては直しての繰り返しをしていた時よりも、
講師やスクール仲間の批評にさらされるよりも、
格段に自分に力がついたという実感が得られます。

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たとえどんなに初稿の出来が良くても
スポンサーや役者の事情を考慮したり
ロケ地や撮影スケジュールを考慮したり
様々な事柄の兼ね合いを調整する、という理由で
本打ちをする必要がでてきたりします。

向田邦子さんは
出演俳優ふたりのスケジュールがどうしても合わないという理由で
ふたりが同じフレームに入らなくても撮影ができるように
怒ったキャラをなだめるというシーンを
お茶の間ではなくて、部屋の中と廊下に分けたそうです。
怒ったキャラが自室に閉じこもり、
それをなだめるキャラは廊下にいる。
ふたりは襖を間に挟み、会話をする。
そんな風に変更したとのこと。

これなら別々に撮影できますし
お茶の間でふたり向かい合って話し合うよりも
絵変わりもしますし、襖がふたりの心の壁を表しているようで
見ている人たちにも劇的な効果を与えることができます。

このように、本打ちで提示された条件をただクリアするのではなく
作品としてのクオリティも高めることができるようにするのが
腕の見せ所、だと思います。

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本打ち初回にプロデューサーや監督が険しい顔をしているのは
一瞬で肝が冷えるものですが、ニコニコしていても油断してはいけません。

映画「サイドウェイズ」の最初の本打ちの時、
亀山さんはニコニコして上機嫌でした。
そして開口一番「面白かった!」と言ってくれました。
あ、これは直しは少なくて済むかな、と思ったんですが
次の瞬間、嬉しそうな顔で「じゃあ、どこから直すかな〜♪」
と言ったので、ガクッとしました。
どうやら、出来が良かったら良かったで
リライト提案するのが楽しいとのことです。
なるほど、こうやって数々のヒット作を送り出したのねと納得。
貪欲に面白さを追求する姿勢が大切なんだな、と学びました。

別の作品で、他の脚本家の方と競合していた時のことです。
なんとか初稿コンペで勝ち上がり
競合相手の名前を聞いて驚いたことがあります。
そんな大物に競り勝った初稿ならリライトなんてそんなにないだろうな
と思ったのも束の間、怒涛のように本打ちを繰り返したこともあります。

出来が良くても、本打ちとリライトというのは必須なようです。
ならば、しっかりと本打ちに臨む気構えをしていた方がいいですよね。

本打ちに際して気をつけなければいけないのは
相手に遠慮して、あるいは議論するのが面倒で、
直しの提案を唯々諾々と受入れてしまうことです。

もちろん、直しの提案が納得いくものなら
素直に受け止めて直せばいいんですが
そうでないのなら、きちんと議論すべきです。

でないと、こんな風になるかもしれません――
ある提案通りに直したら、他のシーンとの兼ね合いで
なんだか周辺のシーンとのバランスがおかしくなった。
次の本打ちではそれらを調整するよう言われたので
周辺のシーンもリライトしつつ、整合性保つため当初のシーンもリライト。
次の本打ちでは、リライトシーンによって全体の印象が変わったので
そもそもの設定から再考してみようかと提案される。
困ったなぁと思いながら再考案を携えて次の本打ちに臨む。
するとその本打ちでは、またまた直しを言い渡されるんだけど
その直しの内容が、元々の脚本と同じ内容だった……orz
なんてことになったりします。

それで、あぁやっぱり最初のままで良かったんだねと言われればまだいいですが
「ほら俺の言った通りリライトしたら上手く着地できたよ」
なんて言われることすらあります。
元に戻しただけなのに、手柄横取りされた気分です。

これはまぁ極端な例ですが
思いつきのリライト提案を考えもせずに受け入れてしまうと
ひどく遠回りすることになってしまいます。
あるひとつのシーンを書くに至るまでの経緯を
本打ちを通してプロデューサーや監督がもう一度辿ってしまう訳ですからね。

なので、このシーン、このセリフ、この行動になったのは
こういう考えと効果を狙い、こんな経緯で決まったんですよ
と説明するのは大切です。

その上で変えた方がより面白くなるのなら
どう変えた方がいいか、きちんと話し合いをしましょう。

その脚本は、執筆時点で自分がベストだと思ったものです。
散々頭を悩ませながら、キャラクターに心を寄せて
作り上げてきたものです。
脚本に関して一番時間を費やし一番頭を使ってきたのは
脚本家であるあなた自身です。
どんなに有名監督でも、大物プロデューサーでも
臆することはありません。
自信をもって、作品を面白くするべく議論してください。

で、面白くなるなら、自分の思い入れとかプライドとか
そういうのはあっさり切り捨てて、リライトしてください。
面白くなることが正義です。

自分が面白いと思うものを貫くのも大事ですが
一番大事なのは、観客・視聴者が面白いものを提供することです。
目の前にいるプロデューサーや監督を納得させられない面白さなら
お茶の間や客席にいる人たちを満足させられることは難しいでしょう。

まぁ、中には自分を貫いた方が正解なケースもあるわけですが
それはまた次回。


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